版画作品
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『真珠の耳飾り』
中山忠彦の石版画は、独立した一つの作品である。
分厚い石版石をイーゼルに固定し、直接、鉛筆デッサンと同じ要領で描き進めていく。紙と違い、石はすべり易い上に修正がきかない。張りつめたような慎重さと精神力、加えて繊細な描写力が要される仕事だ。この石版画は数回に及ぶ試作を経て完成した、まさに画家の魂が宿る美の結晶である。
リトグラフ
東山魁夷 中山忠彦
奥田元宋 後藤純男
東山魁夷
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『黎明』
まだ明けやらぬ雲の上に浮かび上がる白雪の霊峰。
日本美術史上、他に類を見ない富士の姿を描いた1980年の記念碑的名品。
画寸: 44.0×62.8cm
額寸: 70.2×88.2cm
版数: 23版23色
用紙: 仏アンタリス社特漉きリト用紙
版種: リトグラフ
工房: 森工房
版元: 株式会社ビジョン企画出版社
部数: 限定500部(朱印・番号・エンボス入)
価格: 577,500円(税込)
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『静唱』
1981年の日展出品作。
パリ郊外にあるソー公園を描いた
『静唱』は、東山魁夷が到達した清逸感溢れる代表作。
画寸: 41.8×60.6cm
額寸: 65.5×83.4cm
色数: 28版28色
用紙: IZUMI 250g/m2
版種: リトグラフ
工房: MMG版画工房
版元: 株式会社ビジョン企画出版社
部数: 限定380部(朱印・番号・エンボス入)
価格: 577,500円(税込)
東山魁夷プロフィール
1908年
横浜に生まれる。本名 新吉。
1911年
一家で神戸に転居する。
1926年
東京美術学校日本画科に入学する。
1931年
結城素明に師事し、雅号を魁夷とする。
1934年
ベルリン大学哲学科美術史学部に入学する。
1943年
中国大陸に写生旅行する。
1947年
第3回日展に『残照』を出品、特選となり政府買い上げとなる。
1951年
未更会を結成する。
芝英会を結成する。
1956年
日展出品作『光昏』で日本芸術院賞受賞、同作品も政府買い上げとなる。
1965年
日本芸術院会員に選ばれる。
日展理事に就任する。
1966年
新宮殿壁画制作のため、日本各地を写生旅行。
下図制作に約1年を費やす。
1968年
新宮殿の大壁画『朝明けの潮』完成する。
1969年
文化勲章受章。
文化功労者として顕彰される。
第10回毎日芸術大賞受賞。
1970年
東京都国立博物館評議員となる。
1974年
日展理事長に就任する。
1975年
唐招提寺障壁画『山雲 』『濤声 』が完成し、御影堂に奉納する。
1976年
ドイツ連邦共和国より功労大十字勲章を贈られる。
1977年
パリのプチ・パレ美術館で『唐招提寺展』が開催される。
1979年
東ドイツのベルリン・ライプチヒで展覧会が開かれる。
1984年
西ドイツのプール・ル・メリット会員に選ばれる。
1987年
家蔵の自作作品を長野県へ寄贈することに決まる。
1989年
西ベルリン、ハンブルク、ウィーンで展覧会が開催される。
1990年
長野県信濃美術館 東山魁夷館完成する。
1995年
米寿記念展が東京・京都・長野にて開催される。
1996年
日展『夕紅 』出品。
1997年
卒寿を迎えて—「私の森」展開催(神戸・福岡)
1998年
長野オリンピック開催にあわせて、
『人と自然そして祈りin Japan』開催 (長野)。
日展『月光』出品。
1999年
5月6日逝去、享年90歳。
勲一等瑞宝章を受章。
中山忠彦
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『真珠の耳飾り』
中山忠彦の石版画は、独立した一つの作品である。
分厚い石版石をイーゼルに固定し、直接、鉛筆デッサンと同じ要領で描き進めていく。紙と違い、石はすべり易い上に修正がきかない。張りつめたような慎重さと精神力、加えて繊細な描写力が要される仕事だ。この石版画は数回に及ぶ試作を経て完成した、まさに画家の魂が宿る美の結晶である。
画寸: 57.8×46.0cm
紙寸: 70.6×57.0cm
制作年: 2006年
版数: 5版5色
用紙: B.F.K
版種: リトグラフ
工房: 版画工房アルミィ
版元: 株式会社ビジョン企画出版社
部数: 限定85部
価格: 530,000円(税別)
中山忠彦プロフィール
1935年
福岡県小倉市に生まれ、大分県中津市で育つ。
1953年
伊藤清永に師事。
1954年
日展初入選。
1955年
白日会初入選。
1958年
白日会会員。
1987年
日展会員。
1993年
中山忠彦展(大分県立芸術会館他)
1996年
日展内閣総理大臣賞 受賞。
1998年
日本芸術院賞 受賞。
現在
日本芸術院会員、日展事務局長、白日会会長
奥田元宋
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『白嶺秋耀』
『白嶺秋耀』(2001年作)は、後景に白雪の山脈、中景に「元宋の赤」を駆使した紅葉の森、そして前景にそれらを投影する湖畔という大きく3つに分割された構成をとり、白嶺、紅葉、湖水との色彩対比の妙味、そして奥田画伯の71年にもおよぶ画歴にて辿り着いた、見る人の心を浄化する心象風景が描かれた、奥田元宋画伯晩年の秀作です。
画寸: 29.0×37.5cm
額寸: 52.9×60.4cm
版数: 33版33色
用紙: フランス製ヴェラン・アルシュ紙
版種: リトグラフ
工房: プリントハウス オー・エム
版元: 株式会社ビジョン企画出版社
部数: 限定250部(直筆サイン・落款・番号入り)
価格: 430,000円(税別)
奥田元宋プロフィール
1912年
広島県双三郡八幡村に生まれる。
1931年
児玉希望の内弟子となる。
1936年
文部省美術展覧会鑑査展に「三人の女性」が
初入選。
1937年
児玉希望画塾第1回展に「舞踏場の一隅」を
出品、塾賞を受賞。
「元宋」と号した。
1938年
第2回文部省美術展覧会(新文展)で
「盲女と花」が入選、特選に選ばれる。
1949年
第5回日展に「待月」入選、
特選と白寿賞を受賞。
1956年
第12回日展に委嘱出品。日展会員となる。
1958年
社団法人日展発足、会員としてこれに加わる。
1962年
第5回新日展に「磐梯」を出品、
文部大臣賞を受賞。
1963年
第5回新日展出品作「磐梯」が
第19回日本芸術院賞受賞。
1973年
日本芸術院会員となる。
1974年
日展の常任理事となる。
山陽吟社の主催者・太刀掛呂山と益田愛隣に
漢詩の指導を受ける。
1977年
日展理事長に就任。
1981年
宮中歌会始の召人に選ばれる。
真言宗大聖院の本堂天井画「龍」を制作。
文化功労者に選ばれる。
1984年
文化勲章を受章する。
1989年
広島県名誉県民として顕彰される。
1990年
「風景画三代の系譜——玉堂・希望・元宋展」を開催。
1995年
日本芸術院第1部(美術)の部長となる。
1996年
京都・銀閣寺(慈照寺)の庫裏・大玄関及び
弄清亭障壁画を完成させる。
2000年
「米寿記念——奥田元宋・小由女二人展」を開催。
2001年
「白嶺秋耀」を制作。
「奥田元宋集 わが胸中山水」を出版。
2003年
2月15日逝去、享年90歳。
後藤純男
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『鹿苑寺庭園』
画面は今まさに夜のとばりが降り始めようとするところ。 やがては残照も消え金閣も夜の闇につつまれていくことでしょう。
しかしこの瞬間金閣は、まるでこの世が闇に包まれてもなお、 内から輝きいでる巧妙のように光輝いているのです。
画寸: 35.2×85.0cm
額寸: 62.0×111.0cm
版数: 38版38色
用紙: いづみ
版種: リトグラフ
工房: MMG版画工房
版元: 株式会社ビジョン企画出版社
部数: 限定380部(直筆サイン・落款印・番号入)
価格: 550,000円(税別)
後藤純男プロフィール
1930年
千葉県関宿町に生まれる。
父 幸男は真言宗住職。
1946年
山本丘人に師事、絵の勉強を始める。
1949年
田中青坪に師事。
1952年
再興第37回院展に「 風景 」出品、
初入選する。
1954年
再興第39回院展に「 灯ともし頃 」出品、
入選し院友に推挙される。
1962年
再興第47回院展に「 懸崖 」出品、
奨励賞を受賞。
1965年
再興第50回院展に「 寂韻 」出品、
日本美術院賞・大観賞を受賞。
特待に推挙される。
1966年
再興第51回院展に「 幽境妙音 」出品、
奨励賞を受賞。同作品は東京都買い上げとなる。
1969年
再興第54回院展に「 浣想 」出品、
日本美術院賞・大観賞を受賞。
1972年
再興第72回院展に「 残照 」出品、
奨励賞を受賞。同作品は文化庁買い上げとなる。
1974年
日本美術院同人に推挙される。
1975年
第30回春の院展出品作「 室生 」が
山形県美術館買い上げとなる。
1976年
再興第61回院展に「 仲秋 」出品、
文部大臣賞を受賞。
1977年
再興第62回院展出品作「新雪」が、
福岡市美術館買い上げとなる。
1983年
日中友好絵画展「後藤純男と中国作家展」を
開催。
1984年
東京・伊勢丹美術館において展覧会(読売新聞社主催)を開催。
大阪・名古屋・柏を巡回。
1986年
再興第71回院展に「江南水路の朝」出品、
内閣総理大臣賞を受賞。
1988年
東京芸術大学美術学部教授に就任。
1989年
奈良そごう美術館において
「後藤純男展——日本・中国の風景美をたずねて——」を開催。
1995年
パリ三越エトワールにおいて
「画業50年後藤純男展」を開催。
日本橋三越において
「荘厳の美と祈り 後藤純男展」を開催。
小倉・大阪・名古屋・呉・千葉を巡回。
1996年
東京芸術大学資料館において
「後藤純男退官記念展」を開催。
1997年
秋田県主催「後藤純男展−悠久の自然を詩う」を開催。
大宮・船橋・柏・木更津を巡回。
東京芸術大学美術学部教授を退官。
1998年
「柏そごう開店25周年記念・木更津そごう開店10周年記念 後藤純男展−悠久の自然を詩う」を開催。
1999年
千葉県銚子市犬吠崎に後藤純男美術館を開館。